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正解を知っていることに価値はない、正解を知っていることよりも大事なこと

哲学
この記事は約3分で読めます。

はじめに

大学でお仕事をしている関係で、学生の指導に関わることもあります。

そういったとき、学生からこう尋ねられることがあります。

「で、この答えは何ですか?」

高校までの教育の賜物なのか、彼らはよく正解を知りたがります。

しかし、家電ですらインターネットにつながるようになるほどインターネットが身近になった現代において、彼らが欲する類の”正解”は検索すれば多くの場合見つかるものです。

すなわち、正解を知っているということにもはや価値はないのです。

では、一体何に価値があるのか。私が考える2点について、書き綴っていきたいと思います。

1. 正解を出すプロセス

まず1つ目が、正解を出すプロセスです。

正解を出すことは機械に任せればよい

コンピューターに数式を入力すれば、正しく計算してくれます。

工場でロボットに指示を出せば、正しく部品を組み立ててくれます。

ストップウォッチのボタンを押せば、正しく時間を計測してくれます。

正しい答え、正解を出すことは機械がやってくれる時代なのです。

機械が一瞬でできることをわざわざ人間が苦労して行わなくてもいいのです。

それよりも人間は正解の出し方、つまりプロセスを知るべきなのです。

プロセスを知っていることのメリット

正解ではなく、それを導くプロセスを知っていることには、大きなメリットがあります。

例えば、辞書を引くというプロセスを知っていれば、わからない言葉があったときにその意味を知ることができます。

例えば、画像検索というプロセスを知っていれば、あの女優ってどんな顔してたっけってときに調べることができます。

つまり、一つの物事を知っていれば一つの物事を知っているに過ぎませんが、一つのプロセスを知っていればそれにつながる多くの物事にたどり着けるのです。

2. 正解であるか判断することができること

先述した通り、大抵のことはインターネットで検索すれば知ることができます。

しかし、インターネットには誰でも情報をあげることができるため、全ての情報が正しいとは限りません。

そこで大事になってくるのが、その情報が果たして正しいものかどうかを判断することができることです。

何が正しい情報かを判断することができれば、膨大な情報に飲み込まれずにすみます。

正解を知るその先へ

以上のように、現代社会においては正解を知っているということよりももっと重要なことがあります。

普段の生活の中でも、正解を知るだけでなくそのプロセスを意識してみたり、多角的な視点から情報の正しさを判断したりしてみてください。

そうすることで、今まで以上に多くの物事を知ることができたりするでしょう。迷い戸惑うことが減るでしょう。

その結果、より豊かな生活を送ることができるようになると考えます。

 

では〜

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